街発見くらぶのブログ


ぶらっと散歩はお蔭様で20回を超えました!

ぶらっと散歩は2016年2月に第1回を開催し、丸3年を経過した2019年2月「上野寛永寺」で、ついに第20回となりました!

これもご参加いただいたお客様、そして、立ち上げ当初にいろいろとご協力いただいた方など、本当に皆様のお陰だと感謝申し上げます。

 

今、世の中には街歩きのイベントがあちこちで開催されています。

「ぶらっと散歩」はそれらとは一味違った街歩きを目指してやってきました。

 

表記は、第1回目から第10回目までをまとめたものです。

 

第5回であの清澄庭園をやっていたのですね。

食事は初めて、ケイタリングのフレンチをご用意しました。

そのときに、使用した紙の使い捨て皿(WASARA)はそのフォルムの特長だけでなく、エコの観点から土に還る素材を使用しているので、最近、海外でも流行っているそうです。

なにやらその先駆けをやることができたようで、よかったです。

 

第8回の「柴又」。

ご存知「フーテンの寅さん」の聖地です。

そんな昭和の風景を巡りながら、「矢切の渡し」に乗って、ゆったり川を渡りました。

ランチは金曜、土曜、日曜、週末限定営業の超こだわりのそばを、メニューにない「街発見くらぶ限定コース」でいただきました。

店主のそばに対するこだわりがすごく、いろいろな資料を拝見させていただき、興味の尽きない散歩でした。

 

第9回目の「吉原」。

この会、実は最小人数(2名)の参加者で実施しました。

ランチは私の大好きな「穴子」をお店の大将と相談して刺身を含むフルコースでお出ししました。

私的にはこの時の食事はかなり美味しかったと思っているのですが、参加人数が一番少なくてとても残念でした。

なかなか、思うようにはいかないですね。

 

facebookでも紹介しています

 https://www.facebook.com/nomisuke1958/posts/842914652737783?comment_id=842994122729836&notif_id=1555573873690076&notif_t=comment_mention

 

その2(11~20回)に続く ~ 

 

 

 


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ぶらっと日本最初の世界文化遺産「法隆寺」に行ってきました!

《小学校の修学旅行以来、奈良の法隆寺に行ってきました!》

 

1.日本最初の世界文化遺産「法隆寺」

 

用明天皇が自らの病気の平癒を祈って、寺と仏像を造ることを願っていましたが、その実現の前に崩御されてしまいます。 

そこで、聖徳太子と推古天皇が用明天皇の遺願を次いで、7世紀初めに創建しました。

 

金堂や五重塔などは世界最古の木造建築として、知られています。

1993年に姫路城などと共に日本で初めて世界遺産として登録されています。

 


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ぶらっとディープ散歩「新宿二丁目」

《夜はディープな街「新宿二丁目」を歩きました!

1.太宗寺

 

太宗寺はこのあたりに太宗という名の僧侶が建てた草庵「太宗庵」がその前身で、慶長元(1596)年頃にさかのぼると伝わります。

 

太宗は次第に住民の信仰を集め、さらに現在の新宿御苑一帯を拝領していた内藤家の信望も得て、寛永6(1629)年の五代正勝の葬儀ではその一切を取り仕切り、墓所もここに置くことになりました。

 

こうして六代重頼から寺領の寄進を受けてできたのが、現在の太宗寺の由来です。

 

「閻魔像」

木造で文化11(1814)年に安置されたもの。(関東大震災で大破し、体は昭和8年に造り直された)

 

弘化4(1847)年には泥酔者が閻魔像の目を取る事件が起こり、錦絵になるなど江戸中の評判になったそうです。

 

 


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2019年3月30日10時現在、お申込み機能が故障しています!

2019年3月30日10時現在、お申込み機能が故障しています。

 

お客様には大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。

「ぶらっと東京酒蔵散歩」にお申し込みの際は「電話 080-1336-4720」 もしくは「メール hirohide-fujii@sunny.ocn.ne.jp」  でお願い致します。

 

故障回復次第、また当ブログにてご連絡致します。

 

/街発見くらぶ 藤井

 

 

 

 

 

 


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ぶらっと東京酒蔵「石川酒造」

《ぶらっと東京酒蔵「石川酒造」に行ってきました!》

 先月は青梅の先、沢井駅にある澤乃井に行きましたが、今回は石川酒造に行ってきました!

 

1.石川酒造

東京酒蔵第二弾!

青梅線 拝島駅を出て、徒歩20分、石川酒造に行ってきました。

実は2度目の訪問ですが、前回は随分前なのでよく覚えていません(笑)。

 

さて、こちらは文久3(1863)年の創業。

多摩川の対岸小川村(現あきるの野市)の森田酒造の蔵を借りて酒造りを始めたそうです。

森田酒造の「八重菊」と姉妹関係ということで当初の銘柄は「八重桜」。

 

その後、大正8(1919)年に「八重梅」と改め、昭和9(1933)年から現在の『多満自慢』になりました。

 

 

 

 


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ぶらっとお台場「レインボーブリッジと砲台跡」

1.《ぶらっとお台場「レインボーブリッジと江戸の砲台跡」を歩きました!》

 

レインボーブリッジは東京都港区芝浦と台場地区を結ぶ吊り橋で、1987年着工、1993年竣工、同年8月26日開通しました。

 

ここを車で通過するときの眺めは有名ですが、遊歩道があることはあまり知られていないのではないでしょうか。

片道約1.7km、約30分の絶景散歩スポットですが、下を見ると、かなりの迫力で橋げたの高さは52mだそうです。

 

歩いているとき、気づいたのですが、橋の下を見ると、どうも下半身がスースーするんです。

スカイツリーは建物の中なので大丈夫ですが、ここは橋の上、風は強いし、恐怖を感じます。

高所恐怖症かなぁ(^ω^)・・・

 

ギリギリの場所まで行ってスマホで写真を撮る、これが結構難しいんです。

 

ヤバいです・・(笑) 

 


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幕末ぶらっと散歩「飯田橋~九段下」

《ぶらっと「飯田橋~九段下」あたりを幕末の痕跡を探しながら歩いてみました!》

 

1.江戸城牛込門跡

牛込見附は上州道に通じる交通の要所であり、神楽坂通りのまわりに多くの旗本家臣などを役職ごとに住まわせた組屋敷から江戸城への登城道でした。

 

外堀が完成した1636年に阿波徳島藩蜂須賀忠英(松平阿波守)によって石垣が建設されました。

これを示すように石垣の一部に「松平阿波守」と刻まれた石が発見され、向い側の石垣の脇に保存されています。  

 

もしも、石垣の上の建物も残っていたら、神楽坂の雰囲気がちょっと変わったものなったかもしれませんね。

 

 


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ぶらっと東京酒蔵「澤乃井」

《ぶらっと酒蔵「澤乃井」に行ってきました!》

 

1.澤乃井

青梅線 沢井駅を出てすぐ、小沢酒造(澤乃井)に、呑兵衛の友人と一緒に行ってきました。

私は2度目ですが、酒好きの友人は初めてなので前日からワクワクだったようです(笑)。 

 

さて、こちらは元禄15(1702)年創業、300年以上の老舗酒蔵。

 

このあたりは、その昔「沢井村」と呼ばれており、その地名に因んで命名されたとあります。

「沢井」とは、豊かな名水が沢となって流れるところからつけられた地名。

 

澤乃井のマークに沢蟹もついています。

 

 


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ぶらっと東海道ディープ散歩『品川』

《旧東海道の痕跡を巡るディープ散歩》

 

品川~大森周辺でを江戸を感じられる場所を巡りました。

 

1.品川寺「銅造地蔵菩薩坐像」

弘法大師空海を開山とし、大同年間(806 – 810年)に創建されたと伝わります。

スイス・ジュネーヴ市と深い縁を持つ梵鐘を始め、江戸六地蔵の第一番にあたる地蔵菩薩像や東海七福神の毘沙門天などがあります。

 

「梵鐘のエピソード」

明暦3(1657)年の銘があり、徳川幕府第四代将軍徳川家綱の寄進と言われています。

この鐘は幕末に海外へ流出し、パリ万博(1867年)・ウィーン万博(1873年)に展示されたと伝わりますが、その後、所在不明となっていました。

大正8(1919)年、当時の住職であった仲田順海は鐘がスイス・ジュネーヴ市のアリアナ美術館に所蔵されていることを突き止め、返還交渉を開始。

外務大臣幣原喜重郎ほかの尽力により、ジュネーヴ市議会は鐘を日本へ戻すことに同意し、昭和5(1930)年、同市の好意により品川寺に返還されました。

平成3(1991)年には品川寺からジュネーヴ市に新しい梵鐘が贈られ、品川区とジュネーヴ市は平成3年に友好都市となりました。

 

私はスイス ジュネーヴに行ったことはありませんが、この梵鐘はスイス帰りなんですね。

 

   


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【第20回】ぶらっと歴史散歩「上野寛永寺」を実施しました!

徳川綱吉霊廟勅額門
徳川綱吉霊廟勅額門

2月11日(日)ぶらっと歴史散歩「上野寛永寺」を実施しました!

 

本日のメインイベントは寛永寺にある歴代将軍 御霊廟の特別参拝です。

2ケ月前に抽選に申し込み、運よく当たりました!

 

今回の「ぶらっと散歩」はちょうど20回目。

たまにはこのような珍しい見学もいいかなと思い、企画しました。

実は私自身も初めての参拝で興味深々でした。

 

ではまず、上野公園からスタート。 

 

 


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ぶらっと散歩(2/10)下見の続きです!

《ぶらっと歴史散歩「上野寛永寺(2/10)」下見の続きです!》

 

1.旧博物館動物園駅跡『アナウサギ』

 

前回の下見では中まで入れなかったので、今回は10時に現地に行き、入場券をゲット!

21年と8ケ月ぶりにこの駅は目覚めて、私たちの目にふれています。

 

入口に展示してあった ”地面に顔がめり込んだうさぎ” 

 

土を掘って巣を作る 『アナウサギ』だそうです・・・(笑)

 

 


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ぶらっと散歩(2/10)の下見で「上野」に行ってきました!

《ぶらっと歴史散歩「上野寛永寺」(2/10)の下見に行ってきました!》

 

上野公園を出て東京国立博物館の前を通って黒田記念館の前。

 

1.旧博物館動物園駅跡

 

1933年に京成電鉄の駅として開業し、97年に営業停止、2004年に廃止された旧博物館動物園駅。

開業当時、駅舎の建設予定地が御料地だったため、御前会議で昭和天皇の勅裁を受けて建設されたそうです。

 

開業以降は東京帝室博物館(現 東京国立博物館)や恩賜上野公園の最寄駅として利用されていました。

 

営業休止後、2018年4月に、鉄道施設として初めて「東京都選定歴史建造物」に選定されました。

 

2019年2月24日までの金土日曜日限定で内部が公開されています。

しかし、各日10時までに現地に行き、入場券をもらわなくてはならないようです。

 

外観のクラシカルで荘厳な雰囲気がたまりませんね。。 

 

 


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幕末維新ディープ散歩『 龍馬・晋作が生きた街(品川) 』

《幕末維新の痕跡を巡るディープ散歩》

 

品川周辺で幕末を感じられる場所を巡りました。

 

1.立会川 北浜川児童遊園「坂本龍馬像」

 

 ペリー艦隊が来航した嘉永6(1853)年、ここ立会川には、土佐藩品川下屋敷があり、その近くに土佐藩が幕府に願を提出し許可を受けて、翌年造った浜川砲台がありました。

 

その頃、龍馬は藩から許可を得て、江戸で剣術修行中でした。

 

土佐藩はこの下屋敷警護のため、江戸詰めの武士を動員してあたらせました。

その中に19歳だった龍馬もいて、当時父親へ宛てた手紙には『…異国船所々に来たり候へば、いくさも近き内と存じ奉り候、その節は異国の首を打ち取り帰国つかまつるべく候』と、この当時の龍馬はまだ単純な攘夷に燃える青年でした。

 

北浜川児童遊園に建てられた2番目のこの龍馬像は、当時、立会川にいたと思われる20歳頃の顔を再現しており、履物もブーツではなく草履を履いています。

 

また、この像には、高知県桂浜の像が平成11年修復されたときの金属片が溶かし込んであるそうです。

 

   


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【第19回】ぶらっと幕末歴史散歩「桜田門外の変」を実施しました!

12月23日(日)、あいにくの天候でしたが、ぶらっと幕末歴史散歩「桜田門外の変」を実施しました!

 

《桜田門外の変》

安政7(1860)年3月3日午前9時頃、節句の賀詞を述べるため、供回り約60名を従え、彦根藩邸を出た大老井伊直弼は400mほど離れた桜田門外で、 18名の浪士(水戸17、薩摩1)に襲われ、命を落としました。

 

1.この事件が起こった背景

①ペリー来航以来のグローバル化への対応(攘夷)

②国内は将軍継嗣問題

③井伊が勅許なしで日米修好通商条約に調印したことへの反発 

 

2.これに対する井伊直弼の強烈な弾圧(安政の大獄)

 

これに憤慨した水戸脱藩浪士たちの暴発テロが「桜田門外の変」です。

 

今回はこの「桜田門外の変」に関連した史跡を巡る散歩でした。

 


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幕末維新歴史散歩「上野戦争」

《幕末維新の痕跡を巡るぶらっと散歩》

 

今回は激烈な戦闘が行われた上野戦争の痕跡を巡ります。

上野と言えば、やはり西郷どんからスタート

 

1.上野公園「西郷隆盛像」

 

彰義隊は江戸無血開城後、江戸市中の警備を旧幕府から任されていました。

それは新政府軍の兵力が足りず、江戸市中の治安維持まで手が回らなかったからです。

 

しかし、彰義隊と新政府軍は江戸の各所で衝突を起こしたので、新政府軍は江戸の治安維持権限を旧幕府から奪い、軍司令官も西郷隆盛から大村益次郎に変更しました。

 

大村は彰義隊の江戸市中取締りの任を解き、武装解除するよう命じますが、彼らは簡単に応じることはなく、大村は彰義隊討伐をすべく、寛永寺正面口の黒門口と西側面となる谷中口から攻撃を行うことにしました。

そのとき、北の根岸方面はあえて手薄にして逃げ道を作りました。

 

黒門口は敵を高台に見るため、新政府軍にとっては不利になりますが、大村はそれを分かったうえで、薩摩兵に攻撃を命じます。

この指示に対し、西郷は「薩摩兵を皆殺しにするつもりか!」と聞くと、大村は「そうです」と答えたと伝わります。

 

当時、薩摩兵は最強だったので、当然といえば当然かもしれませんが、西郷に対し、そう言い切った大村もなかなかの人物ですね(笑)。

 

西郷の像ですが、その死から21年後の明治31年12月18日の除幕式が執り行われましたが、遺族として参列した糸子夫人はこの像を見て「あらよう!宿ンしはこげなお人じゃなかったこてぇー」と声を上げたそうです。

 

その意味するところは?

人前でこんな恰好をする人ではなかった?   顔が違う?

 

当初は軍服で騎馬姿が予定されていましたが、一部の反対で今の犬を連れてウサギ狩りに行く姿に変更されたようです。

今となっては、その姿に親しみを感じる人も多いのではないでしょうか・・・。

 

 


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【第18回】ぶらっと江戸下町散歩「佃・月島」を11月25日(日)に実施しました!

11月25日(日)、ぶらっと江戸下町散歩「佃・月島」を実施しました!

 

《佃島と月島の歴史》

1582年に起こった本能寺の変、話はここまでさかのぼります。

この直後、徳川家康は岡崎城に戻ろうとしますが、摂津国西成郡佃島で難渋します。

その時、近くに住んでいた佃村の漁師が漁船と保存食の小魚煮を用意して、家康一行が逃げるのに協力しました。

 

この時の恩を忘れなかった家康はその後、世話になった森孫右衛門一族を江戸に呼び寄せます。

彼らは隅田川河口にあった干潟を拝領し、ここを埋め立てて、島を造り、出来た島が故郷にそっくりだということで、旧村の名をとって「佃島」としました。

 

孫右衛門たちは様々な特権を与えられました。

”森”という姓、白魚の漁業権、税金の免除、武家屋敷への出入り許可など、そして彼らは徳川家に魚を運ぶとき、大名行列を横切ることが出来たのです。

本来、大名行列を横切ったら、あの「生麦事件」のようになるところですから、いかに特別な関係だったかが分かります。

ゆっくり、大名行列が通り過ぎるのを待っていたら、魚が腐りますよね、だからかな(笑)

 

ビックリしたのは白魚献上の習慣は何と現在でも続けられているとか。

漁民たちも徳川様の御恩を忘れなかったのですね。

 

一方の月島は明治になって、隅田川の川底に堆積した土砂が船の運航に支障をきたすようになったので、その土砂を処分して埋め立てて出来たのが月島です。

 

 


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幕末維新歴史散歩「桜田門外の変から」

《幕末維新の痕跡を巡るぶらっと散歩》

 

スタートは国会議事堂近くにある「桜田門」。

幕末の定義にはペリー来航など、いろいろあるかと思いますが、ここでは『桜田門外の変』が起こった場所から。

 

1.桜田門

この地が古代に”桜田郷”と呼ばれていたことが名前の由来だそう。

また、江戸の主要道が通過する場所で、小田原街道の始点にあたるので「小田原口」と呼ばれていました。

門周辺の石垣は慶長19(1614)年、真壁藩(現茨城県)藩主 浅野長重により築かれ、寛永年間(1624~1644)年に門が建てられました。

 

大正12(1923)年の関東大震災で一部破損しましたが、その後再建され、現在に至っています。

 

現在、桜田門の正面[豊後杵築(ぶんごきつき)藩 松平家屋敷跡]には警視庁があります。

 

 


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「THE 昭和」銀ぶら散歩

「銀ブラ」、今でもこんな風にいうのでしょうか。

そんな銀座のなかでも「THE 昭和」を感じられる場所を探して街発見散歩。

 

1.交詢社ビル

 

明治13(1880)年に福沢諭吉が提唱して、結成された日本初の実業家社交クラブが「交詢社」

その名前の由来は「知識ヲ交換シ世務ヲ諮詢スル」に由来します。

その後、法人制度改革により一般財団法人に改組されています。

 

6丁目にクラブの本拠として交詢ビルディングを所有しており、「交詢社通り」という地名にもなっています。

昭和4(1929)年に建てられた歴史的建造物でしたが、2004年に以前の建物の一部を保存しつつ、建て替えられました。

 

 


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「銀座」路地裏をぶらっと散歩

東京のど真ん中、銀座1丁目から8丁目まで、ぶらっと散歩。

といっても、出来るだけ人通りの少ない、レトロを感じる場所を選んで歩きました(笑)

 

1.京橋

 

慶長8(1603)年創建と言われる日本橋とほぼ同時期に架けられたと伝わります。

昭和38~40年の京橋川埋め立て工事に伴って撤去されましたが、その当時の ”石造りの親柱二基” と ”石及びコンクリート造りの親柱” が残っています。 

石造りの二基は明治8(1875)年に石造アーチ橋に架け替えられたときのもの、もう一方は大正11(1922)年、アール・デコ風に架け替えられたときのものです。

 

当時の写真と一緒に見ると、目の前に当時の情景が浮かぶような気がします。

 

 


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【第17回】ぶらっと深川散歩「清澄白河」を10月7日(日)に実施しました!

芭蕉史跡展望庭園 説明板より
芭蕉史跡展望庭園 説明板より

10月7日(日)、珍しく天候にも恵まれ、ぶらっと深川散歩「清澄白河」を実施しました!

 

何と今回のランチ懇親会のお客様は17名、過去最多の参加者です。

街歩きも14名と多くの方に参加いただきました。

 

清澄庭園「涼亭」での懇親会も3回目を迎え、もうこれが最後ですということで、リピーターの方含め、新規の方にも参加いただきました。

 

今回は「深川」の発祥の地から、広重やゴッホが描いた「新大橋」など、深川を代表するスポットを街発見散歩です。

 

さあ、10月の天気とは思えないような暑い中でのスタートです。

 

 


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