街発見くらぶのブログ


【第26回】ぶらっと深川下町「清澄白河」を実施しました!

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【第25回】ぶらっと千住宿「北千住」を実施しました!

千住宿復元模型(マルイ10階)
千住宿復元模型(マルイ10階)
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ものづくりの街「清澄白河」をぶらっと散歩

清澄白河駅内展示「下町の華・技と情」
清澄白河駅内展示「下町の華・技と情」

1.「下町の華・技と情」

 

この写真は清澄白河駅内に展示されている作品で、通りがかったときに見つけました。

 

何と作者は江東区立深川第六中学校の皆さんで、平成9年度の卒業記念制作だそう。

 

下町の華である花火を囲む装飾にはこの地域の伝統工芸の技法が使われており、外側の枠組みには「江戸更紗」、内側には「江戸彫り」の木板と江戸切子を施したガラスの丸皿が配置されています。

 

この制作に関しては江東区登録無形文化財の認定をされている職人さん達のご指導を直接受けたそうです。

印象に残る最高の卒業制作ですね。

 


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龍馬の許嫁が住んだ街「北千住」を再訪

現在の千葉さな灸治院跡
現在の千葉さな灸治院跡
千葉さな 千葉灸治院跡(昭和42~3年頃)
千葉さな 千葉灸治院跡(昭和42~3年頃)

先日、購入した書籍「龍の袖」を読んで、坂本龍馬の許嫁だった千葉佐那の人生を振り返る機会を得て、また佐那に対する想いが高まり、再度、北千住へ。

 

約1年前、ここ北千住の「千葉灸治院跡」を訪ねましたが、その時に比べると説明板などが傷んでいて、佐那ファンの私としては、少し複雑な気分。

 

《佐那と龍馬の出会い、その後》 

龍馬が初めての江戸剣術修行で世話になった桶町千葉定吉道場の娘「佐那」との運命の出会い。

しかし、龍馬はおりょうと結婚し、非業の最期を遂げてしまいます。

 

この「龍の袖」では龍馬の死後、佐那は父定吉の反対を押し切って結婚したことにもふれています。

その間、やはり龍馬のことが心から消えない佐那は、女として幸せになれなかった。

 

その後、学習院女子部の舎監を経て、ここ千住の町で千葉灸治院を開業して生計を支えながら暮らし、明治29(1896)年10月15日59歳で亡くなりました。

 

龍馬は姉乙女にあてた手紙の中で、佐那のことを幼なじみの平井加尾より少しよいと伝えています。

 

また、宇和島藩8代藩主・伊達宗城が残した記録には、安政3(1856)年に19歳だった佐那が、伊達家の姫君の剣術師範として伊達屋敷に通っていたこと、後に9代藩主となる伊達宗徳(当時27歳)と立ち会って勝ったことが記されています。

「左那ハ、容色モ、両御殿中、第一ニテ」(佐那は2つの伊達江戸屋敷に出入りする女性の中で一番美人である)という宗城の感想も残っています。

どんな女性だったのでしょうか?

 

残念なことに、いまだに、佐那の写真は見つかっていません。

出来ることなら、世紀の発見により写真が出てきて一度お目にかかりたい。。。

 

 


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日本最大の城「江戸城跡(皇居)」をぶらっと散歩!

先日の江戸城跡を巡る散歩の続きです。

今回は宮内庁ホームページにあった皇居ツアーに参加しました。

普段入れる東御苑とは違う場所を見られるということで期待大です。

 

実は次回のぶらっと散歩は「江戸城跡」を計画していたのですが、東御苑が大嘗祭の準備のため、9月は工事中で歩けるところが半減することが判明。

止む無く今回はあきらめ、次々回11月後半から12月に「江戸城跡」をやります!

 

1.巽櫓 

桜田巽櫓とも呼ばれ、櫓の中には鉄砲、弓、長柄、持筒などが備えられていました。

江戸城には隅櫓(すみやぐら)だけでも20 基以上ありましたが、現存しているものは桜田二重櫓のほか、富士見(三重)櫓、伏見(二重)櫓の三基のみです。 

 

 


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【第24回】ぶらっと内藤新宿「四谷~新宿」を実施しました!

太宗寺「奪衣婆像」
太宗寺「奪衣婆像」
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「内藤新宿」起源の痕跡を巡る

7月7日のぶらっと内藤新宿の下見を兼ねて新宿を散策。

 

1.多武峯(とおのみね)内藤神社「駿馬伝説」

 

徳川家康が江戸入府して、家臣の内藤清成を呼び、現在の新宿御苑一帯を示し、「馬で一息に回れるだけの土地を与える」と語ったという伝説があります。

 

その時、清成の乗った馬は南は現在の千駄ヶ谷、北は大久保、西は代々木、東は四谷を走り、帰ってきて疲れ果てて死んでしまい、大樫の下に埋められたと伝わります。

 

後に内藤家の森林の管理役だった中家休昌と木下正敷が文化13(1816)年8月に樫の古木の跡に塚を造り、駿馬塚の碑を建てました。

この碑はその後、明治5(1872)年に現在の地に移されたものです。

 

この馬が頑張らなかったら、内藤新宿はもっと狭い宿になっていて、現在の新宿の賑わいもなかったかもしれません。。。(笑)

 

  


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ぶらっと広島の酒都「西条」を巡る

広島の酒処「西条」を巡りました。

 

1.西条酒蔵通り 

 

広島の酒都「西条」にある酒蔵通り。

こちらには7軒の酒蔵が徒歩圏内にあります。

何とこんな狭い範囲に7軒もの酒蔵が密集している街は全国でもここだけとか。

 

明治・大正・昭和の風情ある酒蔵や建物が残る通りを街発見散歩です。

 

どんな酒蔵があるのかワクワクです。

 


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ぶらっと「江戸城跡」を巡る

本日の江戸時代の痕跡を巡る街歩きは江戸城跡(皇居東御苑)です。

 

1.大手門 

 

諸大名が威儀を正して登城した江戸城の正門。

慶長12(1607)年、藤堂高虎によって完成した後、元和6(1620)年の江戸城修築の際、伊達政宗によって、高麗門と渡櫓門(わたりやぐらもん)で構成された典型的な枡形門(ますがたもん)になりました。

 

現存する高麗門は、明暦3(1657)年の明暦の大火の後、万治2(1659)年に再建されたものです。
江戸時代の渡櫓門は、昭和20年の戦災で焼失しましたが、昭和41年の東御苑開園に伴い、昭和40年から復元工事が行なわれました。

 

(藤堂高虎)

この江戸城改築の功で慶長13(1608)年には伊予今治藩12万石から津藩22万石に加増転封され、今治城は高虎の養子・藤堂高吉を城代として治めさせています。

家康は藤堂高虎の才能を評価し、外様大名でありながら譜代大名格(別格譜代)として重用しています。

城攻めのうまさは逆に防御の堅固さにも通じる。

家康が命じた築城は伏見城・江戸城をはじめ、8か所、城の縄張は加藤清正と並び称されました。

 

家康死去の際には枕元に侍ることを許され、家康没後は第2代将軍徳川秀忠に仕えています。

 

 


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【第23回】ぶらっとロマン散歩「奥浅草・吉原跡」を実施しました!

2018浅草観音うら一葉桜まつり「江戸吉原おいらん道中」
2018浅草観音うら一葉桜まつり「江戸吉原おいらん道中」
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ぶらっと内藤新宿「四谷~新宿」を巡る

1.新宿歴史博物館「内藤新宿」

 

慶長9(1604)年、江戸幕府により日本橋が五街道の起点として定められ、街道沿いに宿場が整備されました。

甲州街道最初の宿場は、慶長7(1602)年に設けられた高井戸宿でしたが、日本橋から約4里(約16km)と遠かったので不便でした。

このため、日本橋 - 高井戸宿間での公用通行に対して人馬の提供を行う必要があった日本橋伝馬町と高井戸宿は、負担が大変でした。

 

元禄10(1697)年、幕府に対し、浅草の名主であった高松喜兵衛など5名の浅草商人が、甲州街道の日本橋 - 高井戸宿間に新しい宿場を開設したいと願い出ました。

 

翌年6月、幕府は5600両の上納を条件に、宿場の開設を許可。

日本橋から2里弱の距離で、青梅街道との分岐点付近に宿場が設けられることとなりました。

 

宿場予定地には信濃国高遠藩・内藤家中屋敷の一部や旗本の屋敷などがあてられ、元禄12(1699)年に内藤新宿が開設されます。

宿場名である内藤新宿は、以前よりこの付近にあった「内藤宿」に由来します。

 

内藤新宿は玉川上水の水番所があった四谷大木戸から、新宿追分(現在の新宿三丁目交差点付近)までの東西約1kmに広がり、西から上町・仲町(中町)・下町に区分されていました。

 

宿場開設に尽力した高松喜兵衛は、喜六と名を改め内藤新宿の名主となり、以後高松家当主は代々喜六を名乗り名主を務めました。

 


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ぶらっと「拝島 玉川上水」を巡る

1.拝島

 

安土桃山時代の本殿が残る熊川神社や玉川上水開削工事跡など、玉川上水と熊川分水に沿って旧熊川村の歴史を巡りながら散策し、最後は江戸時代から続く老舗の石川酒造で、ランチを食すぶらっと散歩です。

 

 


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【第23回】ぶらっとロマン散歩『奥浅草・吉原跡』のリリースとホームページ機能回復のお知らせ

【第23回】ぶらっとロマン散歩『奥浅草・吉原跡』をリリースしました。

 

今回はあの賑やかな浅草ではなく、しっとりした「奥浅草」、その中でも江戸時代、遊郭があった「吉原跡」を巡ります。

江戸文化の発信地でもあった「吉原」。

そこには歌舞伎や芝居の舞台にもなった物語があり、そのエピソードと一緒にその痕跡を散策します。

 

ランチは昭和レトロなお店の「絶品釜めし」をメインにした和食。

釜めしが炊けるまで、お酒を飲みながら、参加者同士でワイワイガヤガヤやるのも楽しい時間です。

 

皆様のご参加をお待ちしております。

 

 

*ホームページのお申込み機能が復活しました!

 皆様には大変ご迷惑をおかけしました、従来通り申込が可能となりましたのでよろしくお願いします。

 

 もちろん、従来通り、facebook、メール、電話でもご参加を承ります。

                                 以上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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【第22回】ぶらっと東京酒蔵「澤乃井」を実施しました!

唎酒処
唎酒処

1.4月28日(日)、ぶらっと東京酒蔵「澤乃井」を実施しました!

 

当日は珍しく、天候に恵まれ、気持ちよくマイナスイオンを浴びて、ウォーキングをした後、お待ちかねのランチと唎酒をしました。

ご参加頂いた皆さん、朝からテンションmaxで、ほとんどの方は飲む気満々(笑)!!

 

早速、御嶽駅を出発し、御岳渓谷遊歩道に入ります。

 

 


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ぶらっと散歩はお蔭様で20回を超えました!

ぶらっと散歩は2016年2月に第1回を開催し、丸3年を経過した2019年2月「上野寛永寺」で、ついに第20回となりました!

これもご参加いただいたお客様、そして、立ち上げ当初にいろいろとご協力いただいた方など、本当に皆様のお陰だと感謝申し上げます。

 

今、世の中には街歩きのイベントがあちこちで開催されています。

「ぶらっと散歩」はそれらとは一味違った街歩きを目指してやってきました。

 

表記は、第1回目から第10回目までをまとめたものです。

 

第5回であの清澄庭園をやっていたのですね。

食事は初めて、ケイタリングのフレンチをご用意しました。

そのときに、使用した紙の使い捨て皿(WASARA)はそのフォルムの特長だけでなく、エコの観点から土に還る素材を使用しているので、最近、海外でも流行っているそうです。

なにやらその先駆けをやることができたようで、よかったです。

 

第8回の「柴又」。

ご存知「フーテンの寅さん」の聖地です。

そんな昭和の風景を巡りながら、「矢切の渡し」に乗って、ゆったり川を渡りました。

ランチは金曜、土曜、日曜、週末限定営業の超こだわりのそばを、メニューにない「街発見くらぶ限定コース」でいただきました。

店主のそばに対するこだわりがすごく、いろいろな資料を拝見させていただき、興味の尽きない散歩でした。

 

第9回目の「吉原」。

この会、実は最小人数(2名)の参加者で実施しました。

ランチは私の大好きな「穴子」をお店の大将と相談して刺身を含むフルコースでお出ししました。

私的にはこの時の食事はかなり美味しかったと思っているのですが、参加人数が一番少なくてとても残念でした。

なかなか、思うようにはいかないですね。

 

facebookでも紹介しています

 https://www.facebook.com/nomisuke1958/posts/842914652737783?comment_id=842994122729836&notif_id=1555573873690076&notif_t=comment_mention

 

その2(11~20回)に続く ~ 

 

 

 


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