世田谷線沿線をぶらっと散歩

≪世田谷線沿線をぶらっと散歩≫

 

1.下高井戸駅をスタート

 

まず、出発前に1日券を購入、330円で1日乗り放題。

(かなりお得です)

 

何やら小旅行に行くような気分で、ワクワクします(笑)。

 


2.最初の駅 松原で下車

 

地元のおじさんに、「このあたりで面白いところありますか?」と尋ねると、「このあたりは特にないねぇ、先日、テレビの取材で高田純次さんが来たけどね」とのこと。

あてもなく、歩いているとこんな看板が・・・

 

このbarはご近所さん御用達のお店?(笑)

 

私も昔は家の近くでよく飲んでいましたが、はってでも帰れる距離は安心です。

いつものように、近所で飲んでいるとき、雨が降り出して、傘を持ってきてくれるよう、家に電話したのですが、近すぎて「走って帰ってくれば」と言われてしまいました(笑)。

 

近くても、油断して飲み過ぎる場合がありますので要注意です(笑)。

 

 


3.昔の玉電 

 

1907年3月、「玉電」の名で親しまれた玉川線は、道玄坂上~三軒茶屋駅間を結ぶ単線として敷設され、 同年4月に三軒茶屋~玉川駅間、8月に渋谷~道玄坂上駅間が開通しました。

 

1925年には、玉川線の支線として三軒茶屋~下高井戸駅間が開通し、1969年5月に玉川線が廃止されたことで、 三軒茶屋~下高井戸駅間は世田谷線と改称され、現在に至っています。

 

ノスタルジックな写真、いいですね。

 

 


4.山下で下車 

 

(時計のお店「Lo'clock」 )

1960~70年代の『ビンテージウオッチ』が中心のお店です。

50年の年月を経た時計はどれも個性的です。

文字盤や針の焼け具合、現行品には無いデザイン、ベルトを付け替えて、人とは違う時計に仕上げてみるなど、自分だけの時計を見つけることが出来ます。

 

実家にこのような昔の時計が確かあったなぁ。

動いていないので、捨てようと思っていましたが、このような使い方もあるのですね。

今度、持ってきて修理してもらおうかな。

 


5.豪徳寺までの途中 

 

(やきいも専門店 ふじ)

豪徳寺へ行く途中、焼き芋屋さんを発見。

 

ちょうど、小腹も空いてきたので、安納芋を購入。

とろっとした食感とちょっと焦げた皮の渋さがマッチして、芋の甘さが際立ちます。

 

実は私は焼きいもの皮の渋さが一番好きなのです(笑)

 


6.豪徳寺

 

井伊家2代藩主 直孝が猫により門内に招き入れられ、雷雨を避け、和尚の法談を聞くことができたことを大いに喜び、後に井伊家御菩提所としたと言われています。

 

昨年の大河ドラマ「おんな城主直虎」の頃は混んでいたのかもしれませんが、今は静寂を楽しむのに適した空間でした。

 

招き猫発祥の地としては都内に、世田谷の豪徳寺、浅草今戸神社、落合南長崎の自性院と、3つもの発祥の地があります。

なかでも、自性院の招き猫は招く手が左手で、豪徳寺の右手とは反対で、右手には小判がしっかりと握られています。

 

招き猫の招き手の左右については、右手=お金を招く、左手=人を招くといった説もありますが、この説だと豪徳寺の猫は右手を上げているので、お金を招くのでしょうか?

 

それなら、ちゃんとお参りしなくては・・・(笑)

 

奥に「彦根藩井伊家墓所」があります。

井伊直孝の他にも6代彦根藩主・井伊直恒、10代・井伊直禔、12代・井伊直幸、15代・井伊直弼、16代・井伊直憲の墓もあり、その他に正室や子など一族の墓も多数あります。

 

 


7.世田谷城跡

 

初代吉良氏が南北朝の頃、関東管領・足利基氏から、戦の手柄により、武蔵国世田谷領をもらいうけて築城したのが始まりであると言われています。

 

以後、吉良氏八代、二百数十年の間、居城として栄え、吉良御所、世田谷御所と呼ばれました。

 

天正18(1590)年、豊臣秀吉が小田原の北条氏を滅ぼした時、北条氏と親戚関係にあった吉良氏も運命を共にしたため、廃城となりました。

 

現在は空堀と土塁の痕跡がわずかに残っているだけです。

 


8.世田谷代官屋敷

 

彦根藩世田谷領の代官を世襲した大場家の私邸かつ役宅で、大場代官屋敷とも呼ばれます。

お白洲の玉砂利が白洲跡として残され、世田谷区名木百選に選定された樹高19メートル、幹周り2.85メートルのタブノキもあります。

 

表門はボロ市の開かれる通称ボロ市通りに面して建っています。

 


9.世田谷区立郷土資料館

 

実は都内でも遺跡発掘数が多い世田谷区。

資料館は23区内で最古の公立地域博物館だそうです。

収蔵品には、旧石器時代から弥生時代までの土器をはじめ、中世の石碑・古文書などの資料が豊富に揃っています。

なかでも、桜田門外の変に関する資料は必見です。

 

場所は前述の旧彦根藩世田谷代官屋敷の敷地内に建っています。

 


10.鹿港「肉まん」

 

代官屋敷を出て、世田谷駅への途中、行列を発見。

こちらの店名は古いお寺や街並みが残る台湾の観光都市 鹿港(ルーガン)に由来するようです。

そこにある人気の老舗「振味珍(ゼンウェイゼン」の肉包の味に感動して、何度も足を運び、やっとのことで日本で紹介できるようになったとのこと。

 

皮のふわふわ感とジューシーな具がマッチした肉まん、行列してでも買いたくなる理由が分かりました。

 

 


11.松陰神社

 

先ほど、訪問した豪徳寺に眠る井伊直弼による安政の大獄で刑死した吉田松陰。

この二人がこんな近くに眠っているとは、感慨深いものがあります。

 

松陰は最初、南千住にある回向院に葬られましたが、門下の高杉晋作、伊藤博文らにより、ここ若林村の毛利家抱屋敷内に移されました。

明治になると、この地に社殿が作られ、松陰神社となりました。

 

松陰が、塾生達の指導に当たったのは僅か2年余りでしたが、門下生達は尊王攘夷を掲げて京都で活動した者や、明治維新で新政府に関わる者など幕末・明治において大きな活躍を果たします。

 

主な門下生としては久坂玄瑞、高杉晋作、吉田稔麿、入江九一、木戸孝允、伊藤博文、山県有朋、前原一誠、品川弥二郎など、数え出したらきりがありません。

維新までにかなりの門下生が亡くなりましたが、まさに奇跡の私塾であったと言えるかもしれません。

 

境内には松陰の坐像や松下村塾を模した建物があります。

 


12.三軒茶屋の飲み屋街「すずらん通り」「三角地帯」

 

夜の帳に包まれた三軒茶屋の飲み屋街。かなりディープな雰囲気。

 

すずらん通りで、以前行ったことのある「味とめ」は現在、建て替え中。あのレトロな雰囲気はどうなるんでしょうか?

 

三角地帯はとにかく迷路のようなところで、最初、一見さんで入るには少し勇気が必要です。

でもこういう ”ごちゃごちゃした感じ” 昔から好きなんですよね(笑)。

 

今回は残念ながら時間がなく、お店には入れませんでしたが、次回は絶対に入るぞ!!