桃太郎伝説のルーツ「吉備津神社」をぶらっと散歩

本殿・拝殿(国宝)
本殿・拝殿(国宝)

[吉備津神社]

 

岡山県の吉備地方には大和朝廷が派遣した「吉備津彦命(きびつひこのみこと)」が人々を苦しめた鬼神 温羅(うら)」を退治した伝説が残り、桃太郎伝説のルーツになったとされています。

 

吉備津神社には命が祀られ、境内には温羅との戦いの際、矢を置いたと伝わる「矢置岩」、温羅の首が埋められたとされる「御竃殿(おかまでん)」があり、現在も釜の音で吉凶を占う鳴釜神事(なるかましんじ)が行われている伝説の場所です。

  

国宝に指定されている本殿・拝殿は1425年に落成した建物で、特に本殿は「比翼入母屋造(ひよくいりもやつくり)」または「吉備津造」と呼ばれる独特の屋根形式となっています。

 

その他398mの長さを誇る「廻廊」や貴重な文化財も残っています。  

 

 


2.「矢置岩」

 

温羅は百済から来た鬼で吉備津神社の西北の「新山」に陣取り、一方、吉備津彦は吉備津神社の神体山とされる「中山」に陣取り、対峙しました。

温羅が矢を撃つと吉備津彦も矢を撃ち、その矢と矢がぶつかり、落ちたところが「矢喰宮(岡山県北区高塚に現存)」です。

そして吉備津彦が矢を撃つ時に、矢を置いた岩が「矢置岩」です。

 


御竈殿
御竈殿

3.「鳴釜神事」

  

吉備津彦により退治された鬼(温羅)の首が埋めてあるという伝承がある御竃殿にて行われる神事です。

御釜の鳴る音によって吉凶禍福を占い、その神秘的な霊験は少なくとも室町時代には有名だったそうです。

 

戦国時代、備中に滞留していた黒田官兵衛が「釜が動じた」ことを感謝した書状もあり、戦国武将もこの神事に祈願したことがわかります。

江戸期には上田秋成の怪異説話集「雨月物語」にも「吉備津の釜」として取り上げられ、山陽道を往く文人たちもこの不思議な「鳴動釜」のことを書いています。

 

当日は残念ながらこの鳴釜神事は行われておらず見ることはできませんでした。

 

 


4.「廻廊」(県指定重要文化財)

 

天正7(1579)年の再建で全長360mにも及び、自然の地形をそのままに一直線に建てられています。

 

何やら龍の背中を見ているような・・・

 

 


5.「神領会所(じんりょうかいしょ)

 

廻廊の南端と道を挟んだ反対側に吉備津神社旧社務所の古い建物(長屋門)が残っています。

 

これは江戸時代、三代将軍徳川家光から交付された朱印状によって御朱印領なった宮内村を支配するための会所(役所)の跡で、神領役所とも言われ、江戸時代の絵図によると、長屋門をくぐって広場となり、その南側に屋敷を構えていました。 

 

 


吉備津駅
吉備津駅

6.帰り道

 

神社からの帰り道、ちょっと水らしい松の木があったのでパシャリ。

 

吉備津駅の風景です。

 

本当はこの辺りサイクリングすると興味深い場所がいっぱいあるのですが、今回は時間がなくて残念。

また次回来た時にはゆったりとサイクリングしながら楽しみたいと思います。